宜野湾の普天間宮

琉球八社のひとつです。

女神の伝説が残っている神社です。
去年〜今年にかけて、本殿を始め建物が一新されて、とても立派になりました。
日本の他県の神社仏閣が、神道の神様と仏教の菩薩、明王、如来が混ざって祭られている所が多いように、沖縄の神社も日本が支配していた頃の影響で、旧来から祭られていた琉球古来の神の存在が薄れているようです。
ここも、まず熊野権現、そしていざなみの尊や天照大神が祭られていますが、琉球古神道の竜宮神、普天間女神などもはっきり祭られている事も解ります。

本殿裏手にある鍾乳洞は、そこに至通路も新たにとてもきれいに整備されていました。
いくつかの鍵のかかった扉を開けて進むと、鍾乳洞の入り口に着きます。
ここは、普天間女神の伝説の舞台となった所で、 普天間宮略記に載っていた伝説をそのまま載せておきます。
このほかにも、普天間仙人の話なども伝わっていて、なかなか霊験のある神社のようです。
お正月には多くの人が初詣にお参りに来て、とてもにぎわいます。
http://www.okinawainfo.net/newyear.htm
沖縄に来たついでに、大切なお願いをしてみたらよいかも知れませんね。
普天満女神の由来

昔、首里の桃原というところに、世にも美しいひとりの乙女が住んでおりました。
優しく気品に満ちたその容姿が人々の評判となって首里はもとより、島の津々浦々まで噂となりましたが、不思議なことに誰ひとりその乙女を見た人はいないのです。
いつも家にこもりきりで機織りにせいをだし、外出もせず他人には決してその美しい顔を見せません。
神秘的な噂に憧れて、村の若者達は乙女に熱い想いを寄せておりました。
ある夕方乙女は少し疲れてまどろむうち、夢とも現ともなく荒波にもまれた父と兄が、目の前で溺れそうになっている情景がありありと見えました。
数日前、父と兄や船子たちを乗せた船は、大勢の人に見送られ出帆していったのです。
乙女は驚いて父と兄を必死で助けようとしましたが、片手で兄を抱き、父の方へ手を伸ばした瞬間、部屋に入ってきた母にわが名を呼ばれてハッと我に返った乙女は、父を掴んでいた手を思わず放してしまいました。
幾日か過ぎて、遭難の悲報とともに兄は奇跡的に生還しましたが、父はとうとう還りませんでした。
乙女の妹は既に嫁いでおりましたが、ある日夫が
「お前の姉様は大そう美人だと噂が高いが、誰にも顔を見せないそうだね。私は義理の弟だから他人ではない。一目でいいからぜひ会わせてくれないか。」
と頼みました。
しばらく考えた妹は
「姉はきっと会うのを断わるでしょう。
でも方法がひとつあります。私が姉様の部屋にいってあいさつをしますから、そのとき何気なく覗きなさい。決して中に入ってはいけませんよ。」
と答えました。
乙女はいつものように機織りの支度をしていましたが、その美しい顔に何となく愁いが見えます。
神様が夢で自分に難破を知らせて下さったのに、父や船子たちを救うことができなかった悲しさが、乙女の心の糸車に幾重にも巻きついて放れないのです。
旅人や漁師の平安をひたすら神に祈り続ける毎日でした。
普天間宮全景
鍾乳洞への道
普天間洞窟入口
普天間洞窟内

普天間宮への地図
「姉様しばらくでございます!」 妹の声に振り向いた乙女は、障子の陰から妹の夫が覗いているのを見つけました。その途端に乙女は逃げるように家をとびだしました。
末吉の森を抜け山を越え飛ぶように普天満の丘に向かう乙女に、風は舞い樹々はざわめき、乙女の踏んだ草はひら草(オオバコ)になってなびき伏しました。
乙女は次第に清らかな神々しい姿に変わり、普天間の鍾乳洞に吸い込まれるように入って行きました。
そしてもう再び乙女の姿を見た人はありません。
現身の姿を消した乙女は、普天満宮の永遠の女神となったのです。
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